あひるの仔に天使の羽根を

 


「大丈夫ですか、紫堂様。お顔色が悪い」


頼んでもないのに、須臾がハンカチで俺の額の汗を拭った。


俺は反射的に思い切り顔を顰めてしまう。


気安く、俺に触れるな。


いつもの俺ならきっとそう拒絶しただろう。


だけど、俺の中の恩情がかろうじて勝った。


「ありがとうございます」


無理矢理笑った俺を、玲が苦笑している。


玲は判って居るはずだ。


もう愛想笑いはしたくはない俺の心を。


玲だって、いつも心を隠して笑いを作る男だから。


ああ、頼むからもう俺を解放してくれよ。


俺は切に須臾に願う。


時間が経つにつれ、どうしてこんなに馴れ馴れしくなるんだろう。


俺を励ますように添えてきた手は、さすがに振り解いたけれど。



――紫堂の御曹司が、悪評立てられたらどうすんの!! 笑えとまでは言わないから、せめてそんな冷たい眼差しはやめなさい!!


紫堂の次期当主として、時には女共のご機嫌伺いのために作った笑顔を見せること、きっと芹霞は知らない。


それは、俺が張る――罠のためだけのものだから。


紫堂の次期当主としてなら、使えるものは遠慮なく使わせて貰っている。


そうしないと紫堂は大きくならない。


そんな打算めいた俺など、芹霞に見せたくはない。


芹霞には、素の俺だけ見て貰えればいい。


芹霞に体裁なんて、必要がないから。


煌と桜の今後の治療方法も解決策も見つけられず、おまけに須臾という存在に疲れ果てた俺が、お互い気ばかりが急く玲と言い争うように話をしていた最中、芹霞が起きてきた。


須臾という女主の前で、体裁に雁字搦めになって動けない俺を突き放すように、目覚めた芹霞は冷たく俺を一瞥して、玲と煌の元に行ってしまった。


確かに。


重症の煌を護り続けていたのだから、仕方がないことかもしれない。


だけど。


何だか俺を見ようとしていなかった気がして。