あひるの仔に天使の羽根を

 


「違う……と思う。桜の身体には煌のような外傷はないし、何より女の力に桜がここまでやられるわけがない。

首の跡は……片手でなされたものだ。

例え身体は小さくても、例え裂岩糸が顕現しなくても、仮にも桜は紫堂の警護団長。それ相応の体術は会得している。

それでも血を吐く目に遭わされたというのなら、相手がかなり厄介に…強過ぎるということだ」


「そんな人間…居るの?」


「五皇の……氷皇や紅皇並であれば」


やけに慎重に、玲くんは言った。


「久々にその名前聞いた気がするよ」


あたしも由香ちゃんも苦笑した。



「僕は隣の部屋で、桜を寝かせてくるから」


そして玲くんは部屋から出て、あたしは由香ちゃんと煌の3人になる。


空気が鎮まる。


「……ううッ」


煌の……苦悶に喘ぐ声が聞こえた。


身動ぎする煌。


その時、見えてしまう。


煌の土色に変色した左腕が。


――腐れ落ちる。


嫌だ。


絶対嫌だ。


そんなこと、絶対させない。


あたしは煌のベッドの傍に屈み込んで、煌の元気な右手を両手で握った。