化粧というものは、慣れぬ女からしてみれば、窒息感の塊で。


時間が経つにつれ、呼吸困難に陥った肌が反乱を起こすようなムズ痒さを感じてしまう。


早く洗い落としたい気はするのに、小さな応接セットがある団欒室へ案内されて移動してから、何やら話し込み始めた面々は帰る気配もなく。


由香ちゃんはオリに詰めて貰ったトリュフをまだ食べ続け。


仕方が無いから、あたし1人顔だけ洗いに部屋に行こうとこっそり身動ぎすれば、


「何処へ行く?」


櫂の鋭い切れ長の目に捉えられる。


本当にこの男、顔以外に目があるんじゃないかと思う位の過敏な反応で。


「少し部屋まで。顔洗いたい」


不発に終えた…鳴かず飛ばずの化粧を落としに行くんだ。


少し、恨めしげに睨んでやる。


その目つきがそんなに酷いものだったのか、いつも不遜に構えてばかりの櫂が、少しばかり怯む様子を見せた。


――芹霞ちゃあああん。


まるで8年前、あたしを見失って泣く寸前のような顔になってきて。


その優位的立場が懐かしく、そして昔の絶対的な関係が戻ってきたようで嬉しく、あたしは微かに笑ってしまった。


そんなあたし達をじっと見ていた煌が、突然間を割るようにして立ち上がり、


「部屋まで俺がついていく」


何か覚悟を決めたような顔で、低くそう言った。