「…久遠が本物の巫子? 男なのに?」


玲が目を細める。



「"聖痕(スティグマ)の巫子"の『みこ』という文字は、"女"とは書き表さない。斎宮として力を蓄えたのは女性なのに、後世選ばれた神の御使いは巫覡(ふげき)、"男"なんです。

各務の巫子は日本古来による神道の流れを汲む者。"聖痕(スティグマ)"などいう西洋的な名称をつけたのは私。…予想はされていたでしょうが」

くつくつと白皇は語る。


「外部的権威で守られた各務の女は、崇められることに慣れすぎ、女尊男卑の世界を当然とし、閉鎖的な環境で…力維持の為の近親相姦を繰り返してきました。女が力を持つ限り、男は無能と蔑まれ、男は子を成す為だけの道具とみなされる。ですが世情が変わり、昔程の権力で家を守れなくなった各務家は、世に倣(なら)い…各務では忌まわれた"醜い"1人の男を世に出した。醜ければ愚かだと、だから傀儡になりえると。彼が、各務の抑圧された世界を覆そうとしていたのに気づかずに」


「"力"を餌に、各務翁に近付いたのか」


俺の言葉に白皇は頷いた。


「彼はやがて、契約の条件だった有翼人種の探索に成功したのを私に悟られずして、食肉という…禁忌の魅力に取り憑かれた。虐げられてきた弱者が過剰な力を持ち、その力に溺れ、痛みの知らぬ加虐者になった。

彼に力の知識を授けたのは私なのに、私は"彼女"を虐げる彼が許せず、彼と決別することとなった」


契機は"彼女"への同情か、憐憫か…それとも義憤なのか。


「"彼女"は私との逃亡を拒み続けた。そしてようやく"彼女"が手に入り平凡な生活が出来たと思ったら、中身は別の女。しかもそれは、各務翁と繋がる…いや、操ろうとしていた性悪女。気づいた時には、私は持ち得る魔術的な知識を、あの女に流していて。ああ…私は、あの女に利用され、そこには愛はなかった。

あの女は、"彼女"という器の永遠性を図る為に…自分が産んだ…いや、"彼女"が産んだ私との子…天使の娘を、各務翁と食した。それだけではない、あの女は"彼女"の器を捨て、"彼女"を…増殖をさせる道具とした」


荒げられた声音。


ああ、レグの子供は…病死ではなく、

各務翁に食われたのか。