「さすがは玲様で……玲様!!?」


玲様は、よろよろと後退して壁に身体を凭れさせると、苦しげな顔で笑いを作りながら私を見た。…心臓に手を押さえていて。


「大丈夫……。今落ち着かせるから……」


儚げな微笑み。荒く上下する胸に添えられた手に、力が入っているのが見て判る。


「桜……。少しだけ、見て見ぬふりをしていてくれ……」


私は頷き、視界から消えた橙色を探した。


私を苛立たせる安っぽい橙色は、視界の下方に蹲っていて。


地面に嘔吐している。


闇は――


櫂様の操る闇というのは――


それ程までに衝撃的で強大なものなのか。


やがて。


「よし!!! 行こう!!!」


意思故の鋭い玲様の声に、煌も口を手で拭いながら立ち上がる。


予感がする。


もしこの先…石の扉が何度も私達を立ち塞がれば、玲様の心臓は持たないかもしれない。


体力自慢の煌でさえ、吐き出すくらいの衝撃なのだ。


玲様がいなければ、櫂様の守護石の力を誘導出来ない。


煌がいなければ、玲様の引き出した闇を拡げることは出来ない。


煌は芹霞さんと共に石の扉を開いたという。


それは、闇を媒介した芹霞さんが、闇慣れしていたから可能だったことで、闇慣れしていない私達にとっては、僅かでも心身に触れる闇は、恐懼の対象で壮大なものなのだろう。


私には、紫堂の…闇の力は操れない。

私だけなんだ、役立たずは。


私は唇を噛みしめながら、


――桜ちゃん、大好きだよ?


脳裏に焼き付く芹霞さんの笑顔に、事態の好転を願った。