その声に、その言葉に。

僕は思い出す。


――芹霞の邪痕を解くには…芹霞の記憶の中にしかない。


それに思い至ったのだろう、櫂の端正な顔が苦渋に歪む。


「芹霞の記憶……」


僕達は既に緋狭さんに言われているんだ。


――無理矢理取り出そうとすれば、お前達にとって不利な記憶まで掘り起こすことになる。


その意味する処は、何となくでも想像は付く。


"せり"


"刹那"


緋狭さんでも判らない邪痕の消えた理由を、仮に芹霞が思い出したとしても、それだけでは終わらぬような嫌な予感。


誰よりも、自分と出会う前のことを危懼している櫂にとって、それは大いなる賭けにも等しい。


僕だって。


刹那と芹霞との間に何があったのかは判らない乍らも、これ以上、芹霞に秘められた真情を暴きたくないんだ。


もしその中に。


櫂同等…或いは櫂以上の存在が出てきたら。


間違いなく、僕などは蚊帳の外だ。


形だけの"彼女"は、きっと僕の元から去る。


嫌だ。


嫌なんだ。


これからなんだ。


僕と芹霞はこれからだから。


何も始まらぬうちに、僕は手放したくないんだ。