言われていたんだ。


――芹霞。僕を裏切らないでね?


休憩すると言い残して退室した櫂の後を追いかけようとしたあたしは、玲くんに腕を掴まれ耳元に囁かれた。


その時は"裏切る"って何のことか判らなかったけれど、それは"彼氏"を裏切る行為を懸念してのものだったんだろう。


そしてまんまと裏切ろうとしていた意思薄弱のあたしは、翳った顔で動きを止めてあたしを見ている櫂よりも、無表情で俯いて立ち竦む玲くんに対して、申し訳ない気持ちで一杯になってしまって。


「ごめんね、玲くん。あたし本当…"彼女"の自覚足りないね」


その言葉に、


「は!!? 彼女!!?」


過剰過ぎるほど大きく反応した櫂は、慌てて玲くんを見上げて。


あ、れ……?


櫂は知らなかったんだっけ?


「櫂……。僕達は…付き合っているから。

お前が戻ろうと戻るまいと関係なく」


淡々とした声でそう言った。


そこで交わった櫂と玲くんの視線は、酷く鋭い攻撃的なもので。


火花散りそうなその勢いに、あたしはただおろおろするばかりで。


嫌な汗が滴り落ちた時、


「お試し、だけどね」


不意ににっこりと笑った玲くん。


だけど優しげな物言いとは反対に、あたしの腕を掴んだ手は更に力が込められて。


「よかったね、櫂。これで僕達のスタートラインは同等だ。いや…僕の方が上かな?」


くすくすくす。


いつものように笑ってはいるけれど、何だろう…玲くんの笑顔が怖い。


悪寒が、背筋にぞくぞく走ってくる。