黒板に書かれた文字を、俺はじっと見つめていた。 「いぬ……」 何度見ても、そうとしか読めない。 「犬 諒子(けん りょうこ)です」 黒板の前に立つ彼女は、ひと言言った。 高二の秋だった。 もうすっかり寒くなったというのに、教室には暖房器具がなにもなかった。 そのおかげで、みんな白い息をはき、寒い寒いと騒いでいる。 彼女は寒さに強かった。 「なんでみんなそんなに寒がってるのかな?」