「満月?」
それは、他の誰でもなく私に向けられた声だった。
自転車を降りて、歩いていた足が止まる。
振り返るとそこには兄の姿と女性の姿。

「・・・お兄ちゃん」
そう言うと、拓はお辞儀をした。
次いで兄もお辞儀をする。
隣に居るのは、兄の彼女の真希だ。
背の高い兄と大きく背が離れている同い年の大学二年生。
いつ見ても、兄には勿体無いくらい素敵な人だと思う。

「こんな時間にお出かけ?」
「あ、はい」
それ以上話したきり、会話は途切れてしまう。
兄の視線が痛いくらいに私たちに向けられていた。
どんなことを兄が思っているか。
想像はついていた。許せないと思っているんだろう。
一秒でも早くこの場から立ち去りたい。
手を繋いでいたはずの左手は、いつの間にか一人ぼっちになった。
温もりがあったはずなのにどんどん冷えていく。
切なくなって目を伏せていると、携帯が鳴る。

「もしもしー?ごめん!うん、今から行くー!」
電話が鳴ったのは真希。
妙に語尾を伸ばす話し方が、変わらない真希の特徴。
電話を切ったあと「じゃあ私先に帰るね」と言って去ってしまった。

「じゃあ、満月帰ろうか」
一人になった兄が私に言う。
隣に居る拓を見ると、黙って頷いた。
「分かった・・・、じゃあ帰ったらメールするね」
「うん」
「また、明日」
その場で別れて、後姿をぼんやりと見ていた。
姿が見えなくなると同時に兄が言う。
「今のって、誰?」
家に上がってすぐに問いかけてくる。
靴を脱いでそのまま部屋へ上がろうとすると、腕を掴まれた。