【3万㌳シリーズ 1 】天使の生息域

 悠真にはよく分からなかったが、とりあえず自分と、美羽達のスーツケースのピックアップを手伝った。

 団体の観光客に挟まれる形で、悠真は車椅子に座っている美羽を覗き込んむ。

 美羽は、飛行機に乗った時と似て、ぼんやりとして遠くを見ていた。

「おい美羽、大丈夫か」

 とんとん、と肩を叩くと、少しだけ反応が返ってくる。

 といってもそれは意思の疎通とはほど遠かった。

「美羽、どうしたんですか」

「病気なの。ごめんなさいね」

「あ、いや──謝ることじゃないと思いますけど。なんでです。飛行機の中でめちゃ元気で普通にご飯とかアイスとか……映画観たしゲームだってしてたじゃないですか」

 母親は初めて困った顔をしたし、悠真もその表情で聞いてはいけないことなのだと悟った。

「すみません」

 それだけ告げて、スーツケースを持って離れる。

 だが、足を止めて悠真は搭乗券の半券の裏に自分のメールアドレスを書いてぼんやりとした美羽の手に握らせた。

「元気になったらメールくれよ、パリにいる間でも日本帰ってからでもいいから」

「伝えておくね」

 今の美羽には声も聞こえないのか、母親は悠真に答えて踵を返す。

 悠真は空港入り口へ流れていく団体客に流されるようにして、美羽と別れた。

 入り口で待っていた父親との再会も大して喜ばしいとも思えず、車に乗って助手席に座ると悠真は黙り込んだ。

 フランスの牧歌的な景色も空気もあまり刺激を与えてくれなかったし、父親の話も耳には入らなかった。

 元気のない悠真に「エコノミー症候群にでもなったのか」と笑いを飛ばす父親に、悠真は気怠く視線投げる。