さよならさえも、下手だった



彼女はぼんやり俺を見つめた後、何か言いたそうにしたかと思うと枕元にあったメモ帳をあわてて手にとり、何かを書き込む。

覗きこむとそれには、


《おはよう》

という短い挨拶。


そんな風に挨拶されたのは何年振りだったろう。

音都といっしょにいると、自分がどれだけ人間らしくない生活をしてきたかがよくわかる。


「…おはよう、音都」

挨拶を返せば、胸の奥深くに小さな灯りがともった。
たとえ声と声で通じあうことができなくても、それで十分だった。


口にするよりも心に言葉を届ける方法があることを思い知らされた。

たった4文字のその言葉が、こんなにあたたかいなんて。


顔の表情筋が強張っていてなかなか笑うことのできない自分がふがいない。

俺が普通の人間だったなら、音都を隣に置くことに何の抵抗もなかっただろうに。