「悠樹!」
改札で待つ僕に、駆け寄る花凛。
「待った?遅刻ごめん!」
花凛は、ぴょこん、と頭を下げる。
謝るときの、可愛らしい仕草。
「さっき来たところだよ」
「そっか、よかった!」
そうか。
そんな、誰かの声が聞こえた。
「下北沢と高円寺、どっちに行く?」
「うーん、電車の中でも考えてたんだけど・・・」
「ちなみに花凛?制限時間はあと1分です」
「うそっ!?え、待って待って!」
頬に右手を当て、整った顔が切羽つまる。
表情がくるくる変わる花凛の顔。
豊かな表情は、彼女の魅力の一つだ。
やっぱり、そうだったんだ。
また、誰かの声だ。
「決めた!」
そう言った花凛は、僕に微笑みかけて一人で改札へと向かう。
僕は慌てて後を追った。
電子カードが改札で反応せず、3回ほど警告音が鳴った。
焦りつつ改札の向こうを見ると、花凛が僕を見て楽しそうに笑っている。
ちゃんと、僕を待っててくれている。
どこへも行ったりしない。
夢だったんだ。
花凛は、どこへも行かない。
それは、僕の中の声だと気づいた。
改札をやっと通った僕を、からかうように笑う花凛。
僕らは、当たり前のように手を伸ばしあった。
触れた手の感触が、すごく嬉しかった。