ふと、店の壁掛け時計を見ると、日付が変わるところだった。
日課の居残り練習で、今日もまた一日が終わろうとしている。

後片付けをしつつ、彼の寝顔らしきものを想像してみた(妄想ともいう)。
今日も一日ありがとう、なんて思いつつ。

なんか、面白かった。
彼はあたしの事を知らないのに、あたしは彼の事を知っていて、勝手に元気をもらっていて、彼に好意を持っていて、彼の寝顔を思い浮かべている。

見習いとはいえ、念願のネイリストになることができて、恋する相手ができて。
正直なところ、別にこれ以上望まなくてもいいんじゃないか、とも思った。
充分、毎日が楽しかったのだ。

よし。お疲れ様したっ。

店の戸締りをして、ひとり事であいさつをしたあたしは、乗り慣れた新宿発の終電を目指して駅へと向かった。明日は彼の店で何を買おうかな、どんなカッコをすればいいかな、とか思いつつ。




事実は小説より奇なり。
昔、何かの本で読んだ言葉だ。

あたしはその後しばらくたってから、この言葉の意味を身をもって、知ることになる。あたしの希望や想像や妄想をあざ笑うかのように、予想だにしなかった状況へとあたしは運ばれていった。