銀杏ララバイ


「待っておくれよ。
関係の無い私がここに居るべきではないだろうけど… 

柳井さんは記憶が無いのだよ。

もう4年になるけど… 
この下の海辺に赤ん坊のこの子を連れて倒れていたのだよ。

側には2人を守るように大きな鳶、

私たち今では銀杏丸、って呼んでいるけどね、
その鳶が、
誰かが近づくと威嚇までして守っていたんだよ。

それに女将さんが気づいて… 
私と二人でここに連れて来たのさ。

この子は鳶人、
あの時はまだ六ヶ月ぐらいの赤ちゃんだったけど、

名前が分からなかったから
女将さんと私が考えて、
父親の柳井さんがその中から選んだのだよ。

どう言う訳か鳶になついて… 

それまでは女将さんと私とで、
少ない客の応対で何とかやって来た宿だったけど、

柳井さんが来てからは
不思議と繁盛して嬉しい悲鳴だった。

子守はいなかったけど、
ミルクとオムツ以外は鳶の銀杏丸が見ていてくれた。

信じられないような事だけど本当だよ。」



そう言って女は一息入れて2人を見ている。

父は何も言わずにこっちを見ているだけだ。

しかし、その目は感傷的な様子に感じられるかおるだ。

孝史は… 
やはり何も言わずに
同じような目つきをして父を見ている。



「勿論柳井さんのことは交番にも知らせたよ。

柳井孝一と言う名前だけは覚えていたから… 

だけどこれで5年目になるけど、
どこからも何も言って来ない。

記憶の事では病院で脳の検査もしたよ。

だけど原因は分からないと言われた。

その内に記憶が戻るかも知れないが、
このまま戻らないかも知れないってさ。

昨年の夏に女将さんが亡くなった。

女将さんは二十年程前に一人息子を亡くして… 

一人でここを切り盛りしていたところに
私が世話になるようになり… 
それから二人で何とかやって来た。

それでも歳をとるに連れて宿の仕事はきつくなって来た。」



と、何も話さない父の代わりに女が、

慌てて今までの経緯を話している。