何故向かったのが鎌倉と言うと… 

2人の両親が離婚前に、
家族旅行として訪れた場所が
鎌倉の鶴岡八幡宮だった。

そう、2人の脳裏に残っている
一番幸せな思い出がここだった。

それは5年前、かおるが11歳、
孝史が小学校へ上がった夏休みだった。
その後、湘南の海で遊んだりしたものだったが、
何故か2人にはここしか浮かばなかった。


そしてその両親は、
同じ夏休み中に父が友人の借金の保証人になり、

その友人が行方をくらまし、
友人の借金を父が被る事になってしまった。

その額はとても大金で、
父が一生働いても返せる様な額ではなかった。

結局家を建てたばかりの父は、
妻子に迷惑がかからないためにと、

母に離婚届を渡して姿を消してしまった。

それで母は沢山のローンを組んだところの家を手放し、
離婚届けを出して… 

それからは母の手だけで育ってきた。

そしてそれ以来、父親の行方は分からなかった。

母が亡くなった直後も、
市の職員が手を尽くしてくれたが分からなかった。



「あった。やっぱり… 
ニュースで言っていた通りね。」



母は一ヶ月の入院後死んでしまった。

その間二人はどれほど心細く、
それでも母には悟られないように、と頑張ってきた。

そんな時に二人は母の病室で、
縁起の悪いニュースを聞いてしまった。


別当公暁の隠れ銀杏、
とも呼ばれていた大銀杏の木が悪天候のために倒れた、と言うニュースだった。


その時は病に伏せている母のために、
悪いニュースだと感じて
すぐにチャンネルを変えたものだった。

しかしその一週間後、
神に祈るように回復を願っていたと言うのに
母は死んでしまった。