「孝史、前に話した事、覚えている。
ここを建て増しする話よ。」
「うん、忘れてはいないよ。」
かおるが板前と結婚しようとしていたと言う事は、
やはり鳶人がいても寂しいのだ、
と考えた孝史は、
暇を見つけては江の島へ戻るようになった。
そんな時、妊娠六ヶ月に入っていたかおるが、
宿の建て増しの話を出してきた。
「あのね、隣の雑木林の一部を買い取ったから、
海側に大きなお風呂を作り、
客室を八部屋造って欲しいの。
勿論玄関ももっと大きくしてすぐ新館のほうへ行けるようにしてね。
なるべくなら私の出産前後に工事をするようにして欲しいから忙しいわよ。」
「すごいなあ。お姉ちゃん、そんなに稼いだのか。
もう土地は買ったのか。」
孝史が、信じられない、と言う様な顔をしている。
常識的に考えて、
客室4部屋の小さな古い宿で、そんなに稼げるものではない。
「フ・フ・フ・・・鳶人がね、
父さんが貯めていたお金を見つけたのよ。
父さん、話をする間も無く死んでしまったでしょう。
だから何も知らなかったけど…
きっとここに来てからずっと、少しずつ貯めていたんだと思う。
昔の人みたいに、
押入れの天袋に隠していた瓶の中にお金を入れていたのよ。
父さんの物を片付けていた鳶人が見つけたの。
天上がちょっとずれていたから不審に思ったんだって。
そうよね、鳶人。」
「はい。見た時は驚いたけど…
でもお姉ちゃんは喜んでくれた。」
「当たり前だわよ。
あの土地の持ち主、
橋の近くのお土産屋さんなんだけど、
最近株で大損をして現金が必要だったらしいの。
だからあそこを売ろうとしていたの。
へんな人に売られたら大変でしょう。
だから父さんのお金が役に立ったの。
ええ、一つ返事で、手ごろな価格で売ってくれたわ。
建築資金は私たちが貯めたお金と銀行からの融資。
全く問題はなかったわよ。
この宿と土地があるからスムーズなものだったわ。
鳶人がずっと一緒にいてくれたから心強かった。」

