そうしてイチョウ屋は孝史の心配をよそに、
かおると鳶人、それに小さい宿ながら、
忙しい時は顔見知りの人に入ってもらい好調に運営している。
とにかく連日、
季節に関係なく満員御礼と言う様に4部屋が見事に埋まり、
それも一泊・一名・いくら、と言う勘定方法をとっているイチョウ屋、
一部屋に泊り客数人と言う好都合が続く商売振りだった。
それから5年後、
31歳になっているかおるは妊娠していた。
誰とも結婚はしていない。
本人の弁によれば、
板前として呼んだ男に一目ぼれ。
結婚まで考えていたが、
その男が、一度田舎へ帰って来る、と言ったまま姿が消えてしまった、らしい。
小さい宿の番頭としてやっていくのが嫌になって逃げ出した、
としばらくは小さな風評も立った。
が、当のかおるを初め、
一緒に暮らしている弟の,
19歳になっていた鳶人や、
その頃東京の建築・設計事務所で働いていた孝史も至って冷静だった。
もっとも熱血漢の孝史は、
その話を聞いた時はかなり興奮して、
その姿の見えない板前を罵倒していたが、
2人が落ち着いているのを見て、
冷静さを取り戻していた。
かおるが悲しそうな顔でもしていれば話は違って来るが…
どう見ても悲しんでいる素振は無い。
かおるもそうだが鳶人も、
赤ちゃんが生まれる、
と言う事だけが大切なようで、
男の存在など無関心だった。

