考えてみればここから出発したようだが、
あの時は、
いつもの事だと言って
眠っている鳶人を父が抱えてここに来た。

父が船の用意をする間は孝史が鳶人を抱いていたが、

船が出る頃には鳶人は起きていた。

鳶人は落ちないようにしっかりとした籠に入っていたが、

父や孝史が魚を釣り上げる度に手を叩いていた。


初めての体験をしている孝史は興奮の連続だったが… 

宿から船までの道のりははっきり覚えてはいなかった。


なるほど、いつごろ出来たのかわからないが、

かなり古い石段が海面から宿まで隠れるように出来ていた。

たまに組まれた石がはずれているところもあったが、

頑丈な手すりが出来ていたので何とか前に進めている。



「あの時は気が付かなかったけど
すごいものが出来ているんだね。」



かおるが声を出そうとしていたら、
孝史が一瞬早くに父に声を掛けている。



「ああ、さっき話しただろう。
この辺りは昔は落人や海賊の隠れ家的場所だったらしい。

大正末期には今のような立派な橋ではないが陸と繋がっていたらしいが、

それまでは単に島だった。

イチョウ屋のように古い所は、
その昔は海賊や落ち武者の隠れ家になっていたのではないか。

だからこんな階段まで作られた。
あの辺りに船を泊めて、
すぐに隠れ家に戻れるように作ったんだろう。

父さんは、鳶人との散歩を兼ねて歩いていて、ここを見つけた。

廃船になった船をわけて貰い、
時間を見つけては修理したら、
あんなに立派な船になった。」



話しながら上へと進んで行くとイチョウ屋の裏庭に出た。


そして父は、鳶の銀杏丸を、

まるで人間の傷の手当てをしているように接した。

いくら人間に慣れていると言っても所詮は鳶、
包帯などすぐにはずしてしまうだろう、と思っていたかおるだったが、

驚いた事に、銀杏丸は、
父がはずした三日後までそれをつけていた。