「父さんこそ疲れたのではない。
久しぶりに都会へ出たのでしょ。」
「いや… しかし記憶が無いと言う事は辛いものだ。
悪いな、こんな父さんで。」
「そんな事はないよ。
父さんに会えて嬉しい。
これからはずっと一緒だよ。
私も出来る限り宿の仕事を手伝う。
学校へ通うようになっても土・日は休みだから。
鳶の銀杏丸の仕事が減ってしまうけど鳶人の相手は孝史がする。」
「ああ、銀杏丸か。
あいつは鳶人が好きだから、
鳶人が声を出して笑えばそれだけで嬉しいのさ。
本当の事を言うと初めてなんだよ。
鳶人が声を出して笑ったのは、
孝史が遊んでくれたあの時が初めてだったんだ。
孝史がいると、
いつも今のように楽しくてたまらないって気持ちを出して笑うだろ。
今までの鳶人にはそれが無かった。
大人の中で鳶を相手にして暮らしていたから、
笑うと言う事を知らなかったのだろう。
父さんたちもそんなに笑わなかったからなあ。
仕事が終わればするべき事をして眠っていただけだから、
仕方が無いと言えばそうだが…
あいつは今、一生懸命孝史の後をついて、
言葉さえ覚えようとしている気がする。
あいつの事も記憶に無いが、
とにかく弟と認めてくれて嬉しいよ。」
父と話していて、かおるは不思議な感覚を覚えていた。
この父はまるで実鳶のようだ、と。
それから数日後、
父と多恵さんは午前中の仕事が済み、休憩に入っている。
鳶人は孝史に連れられて、
江の島大橋近くの海岸へ遊びに行っている。
玄関の掃除を終えたかおるは、
玄関先に置かれている新聞を何げなく手に取った。
高校生になっているのだから、
新聞を読む癖はつけておいたほうが良い、
と母に言われた事を思い出したのだ。
そしてかおるは目にした新聞に、
あの放火事件の記事が出ている事を見つけ読んでみた。
あの放火の事は、
その間にもニュースや新聞に載ったかも知れないが、
かおるが目にしたのはその時だった。

