「“目の前の命に全身全霊を注ぎなさい”大阪で診療所を開く父の口癖でした」

二人で茶をすすりながら、障子の向こうで生き生きと揺れる草木を眺める。

「つい最近までの俺はその言葉が嫌いだった。本当は儲けたいくせに綺麗事言ってって思ってたんです。でも、最近になって父の言葉を実感しました」


「それは……沖田殿の事がきっかけだね?」

鳥肌が立った。良順先生は最初から薄々気が付いていたのだ。
硬直する俺に良順先生が優しく笑いかけた。


「…はい。俺は監察の仕事上、沖田先生に関わる事が多かったんです。彼はいつも笑っていて気さくで、口下手な自分にもよく話しかけてくれました。そんな沖田先生が、ふと真面目な顔をする瞬間があったんです」

湯飲みを握る手が微かに震えるが、自分で抑える事ができない。声だけは平静を保とうと喉に力を入れる。



「“私は新撰組のために刀を振るって新撰組のために散りたい。床の上で死ぬなんて絶対嫌です”」



頭の中にはその言葉を言った沖田先生の姿が鮮明に蘇った。

「その言葉を聞いた時、俺は既に労咳を疑っていました。今の状態ではまだ労咳かどうか判断できません。しかし、仮に労咳だと診断されたとき、俺はこの人に何ができるのかと考えたんです」

「くく。沖田殿らしい言葉だ。…なるほど、君は今正に目の前の命に全力を尽くそうとしているわけだね」

黙って聞いていた良順先生が口を開いた。そして、視界に大きく肉厚な手が映りこんだ。


「山崎蒸君、君は立派な人物だ。私の知っている全てを君に教えよう」

「良順先生…ありがとうございます!!」

大きな暖かい手が俺の冷えた手をしっかりと包み込んだ。


心強い言葉とこの先の不安で俺の心は複雑に揺れている。