「あんたが真面目に稽古に出ないから不安になってきたんやろ。いい加減給金分くらい働け」

結論に辿り着いた楓だが、沖田に答えを教えるわけにはいかなかった。
建白書のことは、関わった人間と楓以外は知らない極秘事項となっていたのだ。

いくら原田と永倉が武州時代からの仲間であっても、沖田の世界の中心である近藤に危害を加えようものなら、鯉口を切ってしまうかもしれない。
それを危惧した楓の配慮であった。

「そんな事あり得ないですよ!楓って本当にいじめっ子気質ですよね!!嫌われますよ!?」

そんな楓の苦労を知らない沖田は縁側に仰向けに寝そべり、駄々をこねる子どものようにバタバタと動き回る。

「あんたに嫌われるのなんて痛くも痒くもないわ。あー…あんたら見てたら余計暑くなった」

騒ぐ沖田と浅黒い上半身に幾筋もの汗の道をつくった原田を大げさに避けながら、楓はいそいそと縁側を後にした。


その後、中庭付近には蝉と雄叫びのような声が暫く響いていたという。