「先生、こんな噂をご存知ですか?」

「噂?」

急に声を小さくし、男に接近した青年が暑さで血色の良くなった丸顔に含み笑いを浮かべる。
男は最近の門下生や近隣住民たちとの会話を思い出してみるが、思い当たる節が全く見つからなかった。
青年は男からの反応が返って来ないのを確認すると、話を続けた。

「同じ北辰一刀流で千葉道場に通う俺の友人から聞いた話なんですがね、何でも京で名を馳せている新撰組の使者が隊士募集のために江戸に来てるらしいんですよ」

「新撰組って…確か浪人から幕府の護衛組織にまで上り詰めたっていう?」

「そうです!その新撰組の使者なんですがね、千葉道場で目録を取得した者らしいんですよ」

「では、その使者は私たちと同じ北辰一刀流なんですね」

同門の者が活躍している事に対して他人事のように穏やかに微笑む男。

「ふっふっふ。先生、他人事だと思ったら大間違いですよ」

青年は不気味に笑う。

「実は先日、千葉道場にその使者が現れたそうです。ですから、北辰一刀流繋がりでこの伊東道場にも来るかもしれないんですよ!!」

青年は胸の前で握りこぶしを作り力説する。

「そうなったら先生は絶対に勧誘されますよ!どうします?!」