――元治元年(一八六四年) 八月中旬


京都・壬生 八木邸



「ち…ちょっと待て赤城!!」


「はっ!格好悪いで薫ちゃん!男なら潔くくたばれぃ!!」


「くたばれって…おまっ…本気で!?」


壬生にある八木邸こと新撰組屯所の道場は、この切迫したやり取りを最後に物音一つしなくなった。


「ったく。監察方に移動してから弱くなったんちゃう?」


道場の中心で不満を漏らしながら腰に手を当て、木刀を肩に担ぐ人物がいた。


道場内にその人物の問いに答える者はいない。
それには事情があった。



「お前が馬鹿みたいに強くなりすぎなんだよ!!馬鹿楓!」


突然、怒気を含む大声が道場内に響く。



「ああ。今日の指南は左之助か」

道場の真ん中に立っていた楓と呼ばれる人物は出入口に目を向けた。

「指南て…もうお前しか残ってねーじゃねーか!!」


ズカズカと道場に入ってきた左之助は、楓の周りを指差して叫んだ。

楓を中心とし、その周りには気絶する人の姿。
二、三人なんてかわいい数ではない。ざっと数えても十人。
皆、昼の剣術稽古をするために集まった隊士たちであった。


「毎回毎回毎回!!いつになったら手加減してくれるようになるんだい!?猪のお嬢さん!」

左之助は地団駄を踏んで、目の前で涼しい顔をしている楓を叱った。
そう、この惨状の犯人は楓なのだ。しかも常日頃から行っているようで、全くもって質が悪い。


「弱いのが悪い」

にやりと意地の悪い笑みを見せた楓は、木刀をくるくると振り回して遊び始めた。
反省の色など皆無である。