「ここにいると、浮き世にいるような気がしてくるな」


左京・黒谷にある金戒光明寺の庭園は、今日も青々と壮大な姿で会津藩士の目を魅了していた。
ここにも、縁側から望む素晴らしい景色に足を留める者がいた。


「今の時世、そのような事は冗談でも聞き捨てられませぬ」

「はっはっは。相変わらず堅いな、神保」

金糸が全体に散りばめられた藍色の上等な羽織り、皺一つない仙台袴姿の男が人懐こい笑顔を見せた。

「堅物で結構でございます」

そう言ったものの、少しむっとして深い皺が刻まれた目を細める神保。

「ふふん。そう怒るな。お前のような有能な家老がいるから上は空け者(ウツケ者)でもやっていけるんだよ」

垂れ気味で二重の目を閉じ、うんうんと頷く男。

「容保様!いい加減になされませ!!我々会津藩士は貴方様がいてこそ成り立つのです!」

庭石で羽を休めていた雀が神保の怒号に驚き、空高く飛んでいく。

「ふっふ。そんな鬼のような面をするな。配下あってこその余だと言っているのだ」

そんな神保に萎縮する事もなく、壮年の男は穏やかに笑った。


「…」


神保は庭の木々を愛でるように見渡す陸奥国会津藩第九代目藩主・松平容保に聞こえないように溜め息をついた。