「…一体何を書くつもりだ?」

永倉の問いには答えず、斎藤は机の上で淡い橙色の光に照らし出されたまっさらな半紙を指差した。


「相変わらず抜け目ないなぁ」

流石だと言って感嘆する永倉は斎藤に背を向けた。


「ただの文書だよ」

「それを黒谷の会津藩本陣に持っていくのか」

後ろからでもさらさらと小筆を動かす右手の動作が伺える。斎藤は永倉の返事が返ってくるまでじっと待った。

「俺はまだお前の意志を聞いていない。それで質問攻めってのはちっとばかし不公平じゃないか?」

紙から目を離さず、流れるように文字を書き続ける永倉。


「確かに。では、俺もその文書に署名しよう。大方、意見は一致しているようだ」

斎藤の大胆な発言に、毅然とした態度をとっていた永倉が動きを止めた。

「いいのか?死ぬかもしれねーんだぞ?」

「間違っていると思った事を、間違っていると言わないでいい組織は作れない。今後の新撰組の為になるのであれば死も本望だ」

斎藤の鋭い瞳が炎を宿す。
一見、冷徹そうに見える斎藤だが、内には新撰組に懸ける情熱を秘めていたのだ。

「わかった。俺は斎藤を信じる」

深く頷いた永倉は、まだ二行ほどしか書いていない文書を斎藤の前に広げた。


「非行五ケ条。松平公に咎めてもらう近藤さんの行動を簡潔に書き表わした文書だ」

文書の最初の行には確かに“非行五ケ条”と書かれていた。

「名義はあんた一人か?」

「いや。ここには左之と監察方の島田魁も署名する」

「黒谷へ行くのは?」

「明日だ」


永倉と斎藤は視線をかち合わせる。

そして、斎藤は小筆を握った。