「話が違うではないか!」

男の怒号が夜の静けさを一蹴した。

江戸のとある旅籠。
六畳ほどしかない部屋の中に男が二人、燭台を挟んで対峙していた。

感情を反映するように、蝋燭の淡い光は怒りに震える男の顔を照らしている。

「いや…これはわしも想定外やき、何とも…」

怒号を浴びせられた男は言葉を濁して困り果てる。


「坂本さん。貴方は俺に今の日本を変えるためには薩摩と話し合うことが重要だと言った。その矢先にこれだ!」

怒りの納まらない男は坂本に一枚の半紙を投げつけた。

「幕府は禁門の事に一切関係ない長州の民まで殺そうというのか!?しかも、長州入りした薩摩側の指揮者は西郷隆盛だというではないか!
これでは話し合いもへったくれもあったもんじゃない!ふざけるのも大概にしろ!!」

感極まった男は今にも坂本に襲い掛かりそうな勢いだ。

「うー…。わしにも状況がようけ把握できておらんき、わからんのじゃ。今、中岡慎太郎が長州に行っちょる」


目を血走らせる男を宥めるように苦笑する坂本。
だが、その行為は完全に逆効果だった。

「ふざけるな!そんな悠長な事を言っている間にどれだけの被害が出ると思ってんだ!?」

「いや、被害はまだ出とらん」

酷いくせ毛をわしわしと掻きながら、坂本は前傾姿勢の男に首を振った。

「何だと?」

顔を歪めたまま男の動きが止まる。

「おそらく西郷さんもこの先を考えて、どうにか会津を誤魔化して膠着状態を保っているじゃろ」


「そんな事…信用できるか!!」

「このまま行けば、禁門事件の責任者を処罰するだけで済むかもしれん」

「…っ」

それでも長州を故郷とする男・桂小五郎には心が痛む結末であった。