――慶応元年(一八六五年)五月




桜は既に葉桜に代わり、青葉の匂いが濃くなる季節となった。

この頃になると前年の京で起きた大火の傷痕も大分薄れ、人々の意識も前向きになっていた。





「長州から薩摩が引いたようだな。三家老の首と引き換えに」




「まあ―…これが限界じゃったんじゃ…」




京都の東山にある料亭『すすき』では固く腕組みをして口を厳めしく結んだ長州藩士・桂小五郎と貧乏揺すりをする坂本がいた。




「…あんたを攻める気はない」



「ほ?」



先付けを一口口にし、桂は固く目を閉じた。



「元はと言えば我ら長州藩の過激派が御所に砲撃したのがいけないのだ。
その指導者が斬首されるのは必然と言ったら必然だ」

桂は冷静だった。



「だが、この結果に終われたのは中岡殿と薩摩と幕府側穏健派諸藩あってこそだ。きっと西郷だけだったら徳川の命令通り長州を潰しにかかったはず。
そんな肝の小さき男と話などしたくはない」



「はー…桂さんは鋭いのお」



桂の推察は大方当たっていた。坂本が中岡に聞いた話によると、西郷は幕府側の穏健派諸藩に背中を押されて最終的に徳川の長州襲撃の命に背き、今回の結果まで持ち込んだのだそうだ。