――二月二十七日 明け方


いつもより早く目が覚めた楓は床の温もりを惜しみつつも炊事当番のため部屋を後にした。


氷のように冷えきった廊下を渡り、裏口から土蔵に行くために八木邸を出る。



「あの…楓はん…どすか?」



まだ朝日も出ていないこんな早朝に女の声が耳に入り、楓はぴくりと肩をびくつかせた。




「……明里さん」



そこにはいるはずのない人物が立っていた。


決して島原から出ることは許されないはずの遊女が今正に目の前にいるのだ。



「一体どうして…その格好も…」




楓は明里の姿を頭から爪先まで凝視した。
つい四日前までは豪華絢爛な衣装を纏い、全ての男を魅了する妖艶さを醸し出していた明里が、今は町娘のようにつぎはぎだらけの着物を着、風呂敷ひとつ抱えただけの姿で立っているのである。



「先日は大変失礼しました。女子の頬にお怪我を負わすなんて最低どす」



「いやいやいや!こんなんええねん!大したことあらへんから!」



雪の上に土下座しようとする明里を慌てて制止し、楓は体を起こさせる。



「そんなんはどうでもええねんけど、なんであんた島原から出れたん?」



化粧をしてなくても十分綺麗な明里に見惚れながら楓は質問した。