夜の島原をふらりふらりと一人の男が歩く。
まるでその一歩一歩を何か確かめているかのようにゆっくりと。
明け方まで消えることのない提灯の明かりにも、格子から聞こえる遊女たちの甘い声にも振り返ることなく男は一直線にある店を目指した。
『春の屋』そこが男が目指した店だった。
――ガラッ
「あらあら山南はんおおきに。お久しぶりどすなぁ」
店は盛況でちょうど入り口を通りかかった女将が山南を見つけるとにこりと笑った。
「ごぶさたしています。明里は…」
「ちょうどよかった!今支度終えたところなんどす。すぐにお部屋用意するさかい少しお待ちくださいね」
そう言ってそそくさと女将はまたどこかへ消えてしまった。
しばらくすると二階の奥の部屋に案内され、禿に襖を開いてもらった。
「山南はん。お久しゅうございます。明里でございます」
襖の奥にいたのは藤色の豪華な着物を着、天神髷に豪華な簪をさした女性が頭を下げていた。
「やあ、明里。久しぶりだね」
禿を下がらせ、明里と山南二人になった部屋でようやく顔を上げた明里は近づいてくる山南に着物も気にせず思いっきり飛び付いた。
「山南はん、うち寂しかったんやえ?なんで全然来てくれへんかったんの?心配…した……」
「ごめんよ明里。これまで色々あってなかなか来れなかったんだ。言いにくいんだけど、今日もそれを言いに来たんだ」
山南にしがみついて泣きじゃくる明里を惜しむように引き剥がし、山南は目と目を合わせて真剣な顔をした。
明里は頬に涙の筋を残したまま至極悲しそうな表情で山南を見つめる。