「それじゃあ今度こそ、また明日な。」
「はい。」
窓を閉める途中、瀬沼桃が再び「ありがとうございました。」と言って頭を下げた。
中野はそれに返事ができなかったが、小さくクラクションを鳴らしてから、車を出した。
中野が帰宅してから、携帯電話を開いた。見ると、知らない番号から着信があったようで、もしかして、と思って直ぐに掛け直した。
何度か呼び出し音が鳴り、間もなくそれは途切れた。
「……もしもし、」
やはり、中野はそう思った。
小さくて細いその声は、瀬沼桃のもの。
「瀬沼だな、どうしたんだ。」
「あの、番号を知らせておこうと思って。それから、お礼も言おうと……。」
「ああそうか、わざわざすまない。」
「いえ、ありがとうございました。」
ほんの少しの会話だったが、受話器の向こう側から聞こえた瀬沼桃の声は、いやに中野の心の波を穏やかにした。
中野は携帯電話の電話帳機能に、「瀬沼桃」という名前を登録した。

