右耳から音が消える。変わりにざわざわした話声と、人の気配を感じた。
「…ふーん。ジュノちゃんって、やっぱりこういう系なんだ」
「あ゛?」
誰だか分からないが、囁く様に声を発してくる。その響きと吐息に勢いよく鳥肌が立った。
振り向くと、人のイヤホンを自分の耳の穴に突っ込んでいる知らない男が立っていた。
…いや、知らなくはない。ただ、関わらなかったし、関わる理由も無かっただけで。
でも、このガッコでこいつの名を知らない奴はいないだろう。
「肥後 駿貴(ヒゴ トシキ)……」
あたしの知る限り、最高に美しく、最高に最低な男だ。
「…何だ。俺の事知っててくれたんだ。嬉しいなぁ」
白々しく笑うこの男に、蹴りを喰らわせてやりたいと思った。勿論顔面に。
髪はなげぇしピアスは耳どころじゃなく舌にも入れてるし女見てぇだし三白眼だし。
その上こいつの噂はとんでもない。
一年中女を抱いて捨てて泣かせている、最低の糞野郎。
被害者に話を聞いた訳じゃねぇけど、こいつの話で耳に入って来るのはみんなそういう内容ばっかりだ。
でも、そんな男が何故あたしにちょっかいを出す?
面倒な事になる前に、とっとと姿を消そう。
「……あたしのイヤホン、返せよ変態」
それにいい加減その汚い耳の中から解放して欲しい。



