苦い舌と甘い指先




熱唱するミツの歌声を背に、てくてくと可愛らしく歩く夏輝の後を追う。


便所に入ると、夏樹は用も足さずに鏡と向き合った。


……と思ったら、ポケットから小さいポーチを取り出して、ばっさばさのまつ毛に変なモンを塗り始める。



「……何やってんの?」


「えー…?マスカラだよー。いつもより塗りが足りないからぁ…」


「????」



意味が分からん。塗りって何だ?そのマッキーみたいなヤツを目に塗ると何か起きるのか?


真剣に夏輝の行動を観察する。


その視線に気付いた夏輝が、まさか、とか言いながら引き攣った顔でこちらを向いた。


「……ジュノちゃん。マスカラ、知らないの…?」


「…おー。なんだその物体は。塗る意味が分からん」


「えええーーー!!んもーっ!!女子としてあり得ないー!!」


何故怒る。



「だ…だってよー。誰からも教えられた事ねぇもん」


「一回も!?誰からも!?どんな友達とつるんで来たのっ!」


「…女友達なんか居ねぇもん」


「じゃあ雑誌は!?お母さんはっ!?お化粧してみたいとか、してる人にどうやるのかとか聞いた事もないの!?」



何だ何だ…!!この迫力、いつもの夏輝じゃない……っ!!


後ずさりしながら、微かに頷いた瞬間、夏樹は『マジか!』とか言いながら床に崩れ落ちた。



「ちょ…ここ便所…。汚ぇから早く立っ…」


「……良いのよ、そんな事。

~~~~もうっ我慢できないっ!!恋敵だしっ!このままのジュノちゃんでも十分可愛いけどっ!

女として、女の武器を知らないのだけは許せない~~!!」



何を言っているんだコイツは。つかさらっと妙な事言って無かったですか。