……………
「渡辺」
顔を上げると、絵利がいた。
鼻の頭を赤くしている。走ってきたことを誤魔化しきれていない。
「お前…仕事は?」
「今日はもう終わり。お客さん少なかったから」
「いいのかよ、花屋」
はっと笑う。そのまま加えていたタバコを、携帯灰皿に潰した。
「車、乗れよ。どっか行こ」
「行かない」
ドアノブに伸ばした手を止めた。
絵利の方を向く。
「行かない。ここでいい」
「…なんで?寒いだろ」
「いい。平気」
そのまま絵利は、俺の車の側にしゃがんだ。
乱れた髪を、手櫛でもとに戻す。
「…せめて乗れよ。寒いだろ?」
「だから乗らないってば」
「なんで…」
「渡辺さぁ、ちょっとは気を付けた方がいいよ」
わけのわからない俺を見上げて、絵利は言った。
「助手席に乗っけるのは、彼女だけにしなきゃ。あたしが悪い女だったら、ピアスの一個でも置いて帰るよ?」
冗談めいた口調だった。
絵利はいつもそう。いつも俺の重荷にならない様に努めて軽い女を演じる。
でもいつも、演じきれてないんだ。
今にも泣き出しそうな瞳は、誤魔化しきれない。



