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車の中に、音楽はひとつもなかった。
いつもは友梨の好きなCDをかけているけど、友梨は今日、CDを持ってこなかった。
エンジンの音だけが響く。
道路脇に車を止めたまま、俺達は一言も言葉を交わしていなかった。
「…智久」
友梨の口が動く。
俺は黙ったままハンドルを見つめていた。
「あたし…智久に甘えすぎたね」
…なんだよ、それ。言いたかったけど、声が出ない。
「ごめん…今日はやっぱり、行かなきゃいけない。…行かせて」
俺は黙ったままだった。
黙って友梨に視線を向けた。
友梨の左手には、シルバーの指輪が光っていた。
「…俺じゃだめなの?」
「…智久、」
「俺、友梨の一番じゃなくていいよ。友梨が必要な時だけでいい。だって友梨、その指輪の…」
「まだ好きなの」
友梨の声は、はっきりと俺の中に響いた。
「まだ好きなの。忘れられないの。忘れようとした。智久を好きになろうとした。でも…無理なの。消えないの。…消したく、ないの」
友梨の本心に、反論はできなかった。
だってそれは、俺の気持ちだ。
忘れたくても、諦めたくてもどうしてもできない。
俺の、友梨に対する気持ちだ。



