お兄ちゃん。
雅樹お兄ちゃん。
年はいくつ離れていたとか、どんな容姿だったかとか、優しかったとか、何も覚えていないお兄ちゃん。
どうして、不自然なほどお兄ちゃんの記憶だけないのか。
まるで抹消されたかのように。
「忘れたかった…?」
私は、お兄ちゃんのことを忘れたかったの?
どうして?何かあったの?何か思い出したくない出来事が…
『好きでもない男に二度も抱かれるなんて。』
頭によぎった彌生様の言葉。
『お兄さんよりは優しくしてあげますからね。』
考えたくない。そんなはずない。
けれど
連想できる出来事はヒトツだけ。
「私、お兄ちゃんと…──!!」
「お兄さんと、ではありません。お兄さんに、ですよ。貴女はあくまで被害者。一緒にしてはいけません。」
少し厳しい口調で注意する彌生様。
「貴女を最初に抱くのは私のはずだったのに、葛のせいで計画は丸潰れでしたよ。」
そしてお兄ちゃんを酷く憎んでいる彌生様。
関係性が分からなかった。
「彌生様…どうして、私の過去をそんなに知っているのですか?どうして…どうしてお兄ちゃんのこと…」
声が、震える。
いつの間にか日は沈んでいた。真っ暗な夜がやってくる。
真実に打ちのめされる真っ暗な夜が、私に襲いかかる。

