塀の陰に座った犬飼くん。
そして、ポケットから何かを取り出した。
「これを食べれば、きっと元気になるよ」
それは……板チョコ。
しかも食べかけの物らしく、3分の1くらいしか残ってない。
「お腹すいてるだろうなぁと思って、届けに来たんだ」
「え……」
胸の奥が、キュンと音を立てる。
夕食抜きになった私のために、わざわざチョコレートを……。
私を……私だけを想って来てくれたんだ。
「でも、よくよく考えると……こんな時間にチョコレートって、絶対虫歯になっちゃうね。
それに、冷蔵庫にあった食べかけだし……なんか、ごめんね」
「……ううん、ありがとう……」
こんな時間に来た理由が、チョコレートを渡すためだなんて……犬飼くんは、馬鹿だよ。
馬鹿だけど、でも、凄く嬉しい……。
「本当に、ありがとう」
ドキ ドキ ドキ....
二人きりの世界の中で、手を絡ませて見つめ合う。
「……奈央ちゃんのことを、遠くから見てるだけにしようって思ってた。
でもね、やっぱり俺は、奈央ちゃんのそばに居たい」
ゆっくりと、犬飼くんの体が近づく。
「奈央ちゃんが、好きなんだ」
絡ませていた手が離れ、その手が私の唇を撫でて……暗室の時と同じように、その手が自分の唇へと移される。
だけど今は、それだけでは終わらない。
犬飼くんの体が、もっともっと近づいて……私の唇と犬飼くんの唇が、静かに重なった。



