犬太郎
突然出たその名前に、体が一気に緊張する。
「ブログのコメント欄でやり取りして、メールで話すようになって、いつぐらいから犬太郎を意識するようになったの?」
犬太郎……村雨くんがそばに居るのに、犬飼くんは真っ直ぐに私を見て聞いてきた。
「犬太郎が啓介だってわかる前から、好きなんだよね?
つまり、顔を知らない状態で好きになったってことじゃん? 顔を知らない相手の、犬太郎のどこを好きになった?」
スラスラと言葉を繋げていく犬飼くん。
どう答えよう……村雨くんが居るのに、こんなこと言っちゃっていいのかな……。
言葉が上手く出せなくて、ただ犬飼くんを見つめていた時……。
パタンと大袈裟な音を立てて小説を閉じた村雨くんが、犬飼くんに近づいて息を吐き出した。
「良太郎、何馬鹿なこと言ってんだよ」
「馬鹿なことじゃなくて、俺は真剣。 ユウと犬太郎のこと、色々聞きたいんだよ」
「聞く意味なんてないだろ」
「あるよ。 今後の参考に出来るじゃん」
今後の参考って……まさか犬飼くん、同じような出会い方をする気?
何て言うか……犬飼くんがブログをやってるってだけでかなりモテそう……って、そんなことじゃなくて!!
「む、村雨くんの言う通り、聞く意味なんてないよっ……」
「いいから、話してよ」
「で、でもっ……」
「啓介が居て話しにくいなら、こいつを“居ない者”として扱えばいいよ。
はい、透明人間ー。 ここには誰も居ませーん」
ふわっと広げた毛布を村雨くんにかけて、犬飼くんは笑う。
……犬飼くんって、実は青山以上の馬鹿?
毛布をかけられた村雨くんは、大きくため息をついたあと、犬飼くんの向こう側……私から見えないところで横になった。
まるで、「勝手にすれば」と言っているかのように。
「話して?」
犬飼くんは、引かない。
だから私は、ゆっくりゆっくりと、犬太郎の話をしていくことにした。
「……犬太郎と出会った日のことは、今でもよく覚えてる」
犬太郎本人が居るこの部屋で、出会った時のことを話していく。



