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いつの間にか、蝉は鳴くのを辞めていた。
おばあちゃんは話し終わると、すっかりぬるくなった麦茶をすすった。
「その人は…おじいちゃん?」
あたしがそう聞くと、麦茶を吹き出しそうにしながら小さく笑って「まさか」と答えた。
「あの後益々戦局が苦しくなってね。あたしの家族は、揃って田舎に越すことになったのよ。戦争が終わってこの地に戻ってきたら、辺りはすっかり焼け野原。彼の家族がどうなったかすら、あたしには知る術がなかった」
そう言うおばあちゃんは、やっぱりどこか寂しそうだった。
「じゃあ…その人今は…?」
「さぁ…どうだろうねぇ」
おばあちゃんはそう呟いて、続きは言おうとしなかった。
生きて帰ったかどうかすらわからなかったのだろう。
おばあちゃんの初恋は、戦争によって終わってしまったのだ。
俯くあたしの頭をぽんっと叩いて、おばあちゃんは人差し指を口に当てた。
「今の話、おじいちゃんには内緒よ?案外やきもち焼きなんだから」
ふっといたずらっ子の様に微笑むおばあちゃんに、あたしも思わず笑った。
…どこからかまた、今度は違う蝉が鳴き始めた。



