綾音が産まれてからというもの、すっかり生活の中心は綾音になっていた。
お乳をあげ、眠り、綾香が離れると大泣きする。
その繰り返しだった。

ふぅ、とため息をついて綾香が言った。
「裕二君からも母乳が出ればいいのに」

2人で胸の大きな裕二を想像し大爆笑してしまった。

綾香は大変そうだが、幸せだった。

「じゃ、ご飯にするか〜」
綾香は裕二のご飯の腕が上がっていることに焦りを感じていた。
裕二は綾音が産まれてから、食事を作ってくれるようになったのだが、思いの外、料理が楽しかったらしく、色んな料理を作るようになった。
そのうち、ラザニアをつくるなどと言い始め、自分より料理の腕が上がっていったら自分の役割がなくなってしまうような気がしていたからだ。
その事を言ったら裕二は爆笑した。
「どっちがどうとかなんていいじゃん」
裕二は良く笑うようになった。
今では通院はしているものの、お薬も全く飲んではいない。
かをりが逝ってしまった時はとても落ち込んでいたが、裕二なりに心に置くことにしたのだろうと思う。

「ねぇ裕二君」
「ん?」
「かをりちゃん、元気かな」
裕二は料理の手を止めて綾香を見た。
「あの世ってもうこちらとは全く連絡取れないものなのね」
「あーどうなんだろ?でもあの時もうさよならだみたいな感じだったし、そうなのかも」
「かをりちゃんに綾音、見て欲しかったね」
「…うん」
かをりはあれから一切来ている気配は無かった。
声も聞こえないし、本当に裕二を見守って、それからあの世に行ったんだな。と思う。

「まー」
2人は驚いて綾音を見た。
「い、今…」
「まーて言った!」
「綾音?ママよ?」
「まー」
綾音は天使のような笑顔で綾香を見て言った。
「しゃ、喋った!」
「綾音、パパは?パパ!」
「まーまー」
裕二はがっくりして落ち込んだ。
「やっぱりママが先なんだな…」
「そうよねー綾音ー」
綾香は笑顔で綾音をあやした。
きゃっきゃっと嬉しそうに笑い声をあげていた。