「温かいな……」

「温かいね」

「ずっと、寒かった」

「もう寒くないよ」

「桜子」


そうつぶやいて、僕はしばらく言葉を止めた。

彼女が不思議そうな表情で見上げ、先をうながした。


「……君は、幸せだった?」

「私?」

「そう、君」


あいまいな問いに、桜子は視線を泳がせて沈黙する。


しばらく考え、そして質問の意味がわかると、

彼女はふんわり微笑んで僕を見た。


「幸せだったよ。お父さんは、優しくしてくれたよ」

「……そうか」


不思議な安堵が胸を満たしていた。


僕や、僕の母親に対しては、けっして立派な人間ではなかった父。


けれど再び持った家庭が、少しでも温かい場所であったなら。


少しでも、

よい父であったなら――


「よかった」


僕は言った。


「君が、親の愛を受けて幸せに生きてこられて、本当によかった」