『……誰がいつ浮気したって?』


わずかに傷のついた額を押さえ、父はわなわなと身を震わす。


『どこのどいつだ。そんなデマ流しやがったのは』


『シラ切るんじゃないわよ!
会社の人たち、みんな知ってるんでしょ?!
妻の私が知らないとでも思ったの?』


『……会社?』


『課長の奥さんが親切に教えてくれたわ。
部下との浮気がバレたせいで、貴方はろくに仕事も与えてもらえないんだって』


父の血管が、みるみるうちに浮かび上がるのが見えた。


『――危ない!』


身を切るような僕の声と同時に、母の顔がゆがみ、悲鳴が上がった。


矢を射られた獣のような声だった。


母のやせ細った背中は、さっき砕けた湯飲みの破片の上に被さっていた。


父が馬乗りで襲いかかり、非力な女の体を押さえつけたからだ。


『俺をバカにしやがって!』


まず右頬に一発。

それから左。


父の拳は情けを知らない魔物のように、母の顔面を打ち続け、

そのたび母の首から上は、ぶらんぶらんと強制的に角度を変えた。