「いや、実は、俺も今、住むところに困っててさ。
新しく部屋を借りようにも、まとまった資金がないし」


「うん」


「その点、俺があの長屋に住ませてもらうという形なら、敷金なんかは要らないし。
おまけに家賃も安そうだ」


「たしかにね」


「だから家賃は全額俺が払うよ。
あの家の、一部屋だけを俺に提供してくれればいい。
……名案だと思わない?」


「……」


桜子は黙ると、また考え込んでしまった。


つま先がぶらぶら揺れている。

考え事をするときの癖なんだろうか。


やがて桜子は、おもむろに口を開いた。


「名案、かもしれないね」

「だろ?」


ただし!と彼女は強い口調で言った。


「ひとつ訊かせて?本当に変な下心はない?」

「ないよ、断じてない」

「本当に?証拠は?」

「証拠は……ないけど」


だけど、と小声でつぶやいて、僕はこめかみをポリッと掻いた。