夜の世界では、誰かの過去に対して

「どうして」

なんて口にする人間はいない。


それは僕が風俗の世界を、心地よく思う理由のひとつだった。


「拓人は頭がいいのに、どうして大学に行かなかったんだ」

という無神経な質問をする人間に

「うちはずっと片親だったから」

なんて答える必要がないこの世界は、つくづく楽だと思う。




結局えみりちゃんは日が沈むまで僕の部屋で過ごし、

昨日と同じラベンダー色のワンピース姿で、夜の7時に出勤した。


「おはよう、えみりちゃん」

「おはよ、成瀬くん」


先に出勤していた僕と、何食わぬ顔で挨拶をする。


誰も不審そうにしている様子はなく、僕はほっと胸を撫で下ろした。



その日は客の入りがよく、僕はバタバタと働きながらも充実感を感じていた。


自分の性に合った仕事。

女の子との気楽な関係。


全てがスムーズに流れ、人生を自分の思い通りに動かしているような気がした。


もちろん、そんなものは錯覚でしかなかったのだけれど。



僕が現実の厳しさを知るのは、

その日の仕事が終わった、真夜中のことだ。