「そんなにあわてて食べたら、のど詰まらせるよ」


桜子の手が伸びてきて、僕の口元をそっとぬぐう。


「ご飯粒つけて、まるで子供ね」


時々彼女はこうやって、母親みたいな口ぶりになる。


その日常的なやり取りに、唐突に、胸が苦しくなった。


「桜子」

「ん?」

「今日は、何時くらいに帰ってくる?」


桜子は首をかしげ、不思議そうに答えた。


「いつも通り夕方だけど。どうして?」

「そっか。……いつも通り、か」


噛みしめるようにつぶやいた僕に、彼女が怪訝な顔をする。


“いつも通り”。


この言葉が、僕にとってどれほど幸福なものであるか。


たとえ叔父に何を言われようとも、僕はもう桜子を離すことなんか考えられない。


彼女との日々が“いつも通り”のものになったときから、

僕たちはもう、

離れることなんか考えられなくなっていた。