ところで、と叔父は桜子を見た。


「もう通夜は始まってるぞ。
こんな所で何してるんだ」

「だって……」


桜子は眉間を震わせ、

そして小さな声で、こう言った。


「お父さんにお別れを言うなんて、やっぱりできない」



お父さん?






それは、勝手な大人の都合だけが優先された、

あまりに腹立たしい真実だった。



状況が飲み込めない僕に、叔父は淡々とした様子で語ってみせた。


――10年前。

ぼくと母が出ていってすぐ、この長屋には見慣れない女性が出入りするようになった。


アジアとヨーロッパの血を分けたその美しい女性を、
父はリナと呼んでいた。


「つまりそれが、桜子の母親というわけですね?」


僕が言うと、叔父は深くうなずいた。