彼女は口元を押さえてうつむくと、肩を小刻みに震わせた。


「ごめんなさいね。嫌なことを聞いてしまったわね。
お母さんに続いて、お父さんまで亡くされて……辛いでしょう」


ハンドバッグから取り出した小花柄のハンカチで、目元をぬぐう。


黒尽くめの喪服姿に、やたらカラフルなその模様が滑稽だった。


大丈夫ですよ、と僕は言った。

「父とは生前から連絡がとだえていましたから。
ひとりになったという風には、今さら感じません」


言いながら、それが本心なのか強がりなのか、自分でも分からなかった。


なじみすぎた孤独は、自覚症状すら奪ってしまうのかもしれない。



この短いやりとりが、僕の足をある場所へと向かわせていた。


そこには細長い木造の建物が立ち、

こぢんまりとした広さに仕切られ、

それぞれに違った表札がついている。


玄関の数だけあかりが灯り、

あかりの数だけ生活が営まれる。



僕にとっては、あまりいい思い出のない場所。



子供の頃、父や母と暮らした長屋だった。





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