「しばらく出て行くよ」


その言葉でやっと彼女が顔を上げた。


「拓……」

「働きたいなら勝手に働けばいい。
店で顔合わすだろうけど、しばらく桜子とは話したくない」


彼女の涙で濡れた頬がわずかに動き、何か言いかけてやめた。


僕は部屋を出ると、自分の荷物を適当にかき集めてバッグに詰めた。


「拓人!待ってお願い!」


階段を駆け下りてくる音がする。


「拓人!」


僕はそれを振り切るように玄関へ向かう。


底がすり減って汚れたスニーカーに、足を通した。


「拓人……っ!」


彼女の声が、遠い。


9ヶ月間すぐとなりにあった声が、今は遥か後ろで響いている。