彼は茶化すように眉をあげて言った。


「ま、こういうのは本人は気づかないもんだよなー」


「……あの、こういうのって?」


「恋」


ブバッ!と音が鳴った。

僕の口から日本酒が吹き出す音だった。


「汚ねーな、オイ!」

「す、すみません……」


店主から差し出されたタオルで口元をぬぐいながら、
僕は気持ちを落ち着かせる。


まったく、何を言うかと思えば
……恋だって?


そういえば桜子の友人も、似たようなことを言ってたっけ。


みんな見当違いもいいとこだ。


「反論するわけじゃないけど、俺と桜子はそんなんじゃないですよ」


ニヤニヤと見つめてくる男に、僕は言った。


「僕は彼女のことを本物の家族みたいに思ってるし。
それに正直、僕はあまり家庭に恵まれなかった方だから、
今の彼女との関係が大切なんです」


「なるほどね」


とつぶやいて、男は少し間を開けると、

まるで言い聞かすような口調で話し始めた。