「行っちゃダメよ」


更衣室から出てくるなり、僕に向かってマユミが放った声は、

これまでに聞いたことがないくらい低くしわがれていた。


「何が?」

「さっきミドリに誘われてたでしょ?」

「なんだ、来てたの知ってたんだ」


だったら話しかければいいのに、

と続けようとした僕の言葉を、マユミの刺々しい声が遮る。


「あの子とは距離を置こうと思ってるから」

「はい?」


僕専用の合皮のチェアに、どかっと腰をおろすマユミ。


面接のときに見せたしおらしい様子はどこへやら……

最近の彼女はすっかり店になじみきっていて、風格すら漂わせている。


「おいおい、ミドリとは仲いいんじゃなかったっけ?」


「以前はね。
あのさ店長、こないだのミドリの泥酔事件あったじゃない?
あれの原因、教えたげよっか?」


すでに言う準備は整っているような口調だったので、
僕はそれに何も返事しなかった。


少し肉づきのいい足を組み替えながら、マユミが言った。


「男に捨てられたんだって。
ほら、彼女、ただの愛人だったから」

「……ああ」


そういうことか。


たしか金持ちの若社長に囲われてるって話していたっけ。