「メディアの髪じゃないな」

 バルコニーの床に広がった髪の一房を、指ですくいあげてロランツはつぶやいた。手触りが違うし、よく似ているが色合いも若干違う。何より、メディアの髪よりずっと手入れが行き届いていてつややかだった。
 
 ロランツは、髪から手を離して立ち上がる。
 そのまま開いたままの硝子戸をくぐり、部屋にはいる。

 本来の持ち主のいないベッドには、蒼い顔をしたシャリアが女官長に抱かれるようにして座っていた。

「お姉様は?」

 兄の姿に気づいて尋ねる。声がいくらか震えていた。

「あれは、メディアの髪じゃないよ、シャリア。いやがらせか悪戯にしても悪質だが、そんなところだろう」

「でも、お姉様はどこなの? どうしていないの」

「メディアが急にいなくなるのは、別にめずらしいことじゃない。また魔法院だろう。彼女はよくあそこに行く。ただ、こんな時間に城を出るようなことは今までなかったし、この頃は無断で城を出ることもなかったのだが。とにかく事態が事態だ。使いをやったよ。連絡が行けば、すぐ戻ってくるだろう」

 一切の感情を交えず、ただ淡々と冷静に語る兄を見ていて、シャリアは違和感を覚えた。
 
 心を麻痺させて、あえて不安を排除しているような。
 胸を潰しそうな心配を、無理にないものとしているような。
 崩れそうな心を必死でとどめているかのような。

 それは、ひどく危うくて。

 思わず尋ねていた。

「お兄様、だいじょうぶ?」

「何がだ?」

「何って」

 ごくあっさりとした返事にシャリアが言い淀んだとき、侍女が来客を告げた。魔法院の院長ラムルダであった。